2007年5月26日、舞子ビラ神戸において、標記のシンポジウムを開催いたしました。
当日のプログラム紹介
- 講演「あらためて、がんを正しくみつめなおす」
中川恵一 先生(東京大学医学部准教授・附属病院緩和ケア診療部長) - 問題提起「これからのがん地域医療」
- 「兵庫県立がんセンターの今後」
前田 盛 先生(兵庫県立がんセンター院長) - 「地域中核病院の立場から」
藤田勝三 先生(前 西神戸医療センター院長)
- 「兵庫県立がんセンターの今後」
- ビデオ・メッセージ
山本孝史 先生(元 参議院議員) - 総合討論
- 患者・家族の立場から
- かかりつけ医の立場から
- 看護師の立場から
「あらためて、がんを正しく見つめなおす」講演内容
日本は世界一のがん大国
現在、日本では年間102万人の方が亡くなり、そのうち約3分の1にあたる32万人強の死亡原因ががんです。その数字はどんどん増えていて、近い将来2人に1人ががんで亡くなる時代がやってきます。ひとつの病気でこれだけの人が亡くなるのは世界的に見ても経験のない未曾有の事態で、その背景にあるのは高齢化です。
がんは年齢とともに罹患率(その年に新たにがんにかかった人数の割合)も死亡率も増えていきます。がんは生活習慣病であり、老化の一部でもあるといえましょう。平均寿命が30歳代の国ではがんで亡くなる以前に、ほかの病気で亡くなってしまう。逆説的に言うと日本人は2人に1人ががんで死ぬほど長生きになったということです。世界一の長寿国は世界一のがん大国でもあります。
そのような状況が訪れようとしているにもかかわらず、日本のがん対策は遅れているのが現状です。先進国では「がん登録」という制度があり、がん患者が発生したらがんの種類・進行・治療・後遺症・生存率などの情報を病院が登録し、最終的には国が管理するようなシステムができています。がん対策を国レベルで講じるための土台になるものです。先進国でこの制度を作っていないのは日本だけ。ですから実際のところは、年間に何人ががんで亡くなっているかという正確な数字もわからない。32万人というのは、あくまで死亡診断書からの数字です。がん大国でありながら、制度としてはがん後進国と言わざるをえないのが日本の現実なのです。
がんの欧米化
がんは社会背景と密接に関係している病気で、「がん」といってもどのがんが多いかは時代、国によってかなり違いがあります。そして、現在日本で顕著になっているのが、「がんの欧米化」です。
かつて日本で最も多いがんは男女ともに胃がんでした。1960年のがん死亡の内訳では、男性の3分の2、女性の半数近くが胃がんで亡くなっています。ところが、90年代に入ってから、胃がんの罹患率も死亡も減少し、肺がん、大腸がん、さらに男性では前立腺がん、女性では乳がんが増加しています。
胃がんとともに多かった子宮頸がん、肝臓がんも減少していますが、これらはすべて感染症型のがんです。胃がんはヘリコバクターピロリ菌という菌が関係していますが、井戸水を飲まなくなったおかげで感染は激減しました。また、冷蔵庫の普及で塩漬けにした食品が減ったことも大きく関係しています。子宮頸がんもヒトパピローマウィルスという菌の感染ですし、肝臓がんもB型・C型肝炎ウィルスの感染が大きな原因です。こうした感染型のがんは衛生状態の向上に伴い減ってきています。
アメリカでも30年代には胃がんでの死亡率がトップでしたが、現在はすでに珍しいがんになってきました。そして、肺がん、大腸がん、前立腺がんなどが上位を占めています。日本も食の欧米化や生活習慣の変化に伴い欧米型のがんが増加してきています。近い将来、胃がんが珍しくなったアメリカと同じような状況が訪れるのは確実です。
日本のがん治療は手術偏重
がん治療というと「手術」をまず思い浮かべる方がほとんどではないでしょうか。
「がんとがん治療の原則」というのがあり、がん治療としてはっきりと有効であると科学的に認められているのは「手術」「放射線治療」「化学療法(抗がん剤)」の3つだけです。がんが完治するためにはこの3つのうち手術か放射線治療のどちらかが必要です。そこで問題なのは、日本のがん治療は世界一手術偏重の状況が続いていることです。
これは胃がんが多かったという背景。そして胃がんは手術が非常に有効な治療である、という特異性も重なっています。全摘出できる臓器というのは胃以外では生殖に関連する臓器だけで、むしろ胃のように全摘出できる臓器は希です。
胃がんが多かったおかげで、がん治療=手術という固定的な構図が日本ではできあがってしまいました。日本のがん治療は外科が担当していることでも、手術ががん治療の多くを占めていることを現しています。
抗がん剤治療は点滴で行われますが、これも日本では外科医が担当します。海外では腫瘍内科という抗がん剤専門の内科医が担当します。アメリカには1万人ほどがいますが、日本には腫瘍内科の専門医は120人くらいしかいないのが現実です。
いずれにせよ、この先も胃がんが多い状況ならばそれでも問題はありませんが、がんの種類は変化しています。最も多かった胃がんが珍しいがんになっていくとき、治療も変化させていく必要があります。
放射線治療の有効性
がん治療において、手術が世界一行われている日本は、一方では世界一放射線治療が行われていない国でもあります。欧米ではがん患者の60%以上が放射線治療を受けていますが、日本では25%にしか行われていません。
とくに今後増加が予想される肺がん、乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの欧米型のがんは手術だけでは立ち向かえないことが多く、放射線治療が必要です。15年後にはがん患者の2人に1人が放射線治療を受ける時代になると予想されています。しかしながら、アメリカに5000人いる放射線の治療専門医が日本にはわずか500人しかいません。
そもそも放射線科には診断のために放射線を使う放射線診断学と治療を行う放射線治療があります。ところが日本の場合はその2つが同じ「放射線科」でひとくくりにされている。こういう国は世界中でも日本だけになってきました。
がん治療の場合は放射線腫瘍科が必要です。80ある大学病院でも放射線治療の講座があるのは12校だけというお粗末な現状。世界一のがん大国としては専門医の育成は急務です。マンパワーが圧倒的に不足しているのですから、いずれ近い将来、がん放射線治療難民が出るのではと危惧しています。
放射線治療と手術を比較すると、かなり多くの種類の初期がんで手術と同じ治癒率をもたらしています。
治療も通院で済むことが多いので何より患者さんの負担が少なくて済みます。たとえば乳がんの放射線治療の場合、週5日を1カ月、毎回1分間横になって放射線を照射します。よく「放射線で焼く」と言いますが、病巣の温度は2000分の1度上がるだけですから熱いわけでも痛みや苦痛を感じることもありません。しかも医療経済から見ても放射線治療はがん治療費全体の1%にすぎない。非常にコストパフォーマンスのよい治療法でもあります。
また、喉頭がんは手術をすれば声を失い、乳がんは乳房を失いますが、放射線治療は臓器の機能や美容を失うことがありません。もちろんがんの進行具合やできた場所などにより、手術か放射線か、また両方を組み合わせる必要があります。それは医師とよく相談して決めるべきことだと思います。ただ、あまりにも手術を偏重し「がんです。即手術です。入院してください」というステレオタイプでとらえてきて、放射線治療の有効性を知らない方が多いことも問題だと思っています。
子宮頸がんを例にすると平均的なアメリカ人は子宮頸がんは放射線で治療することを知っています。ですから2割手術、8割が放射線治療です。ところが日本の場合は、知識がないために医師に言われたままに手術を受けて8割が手術、2割が放射線で治療をしています。しかも、その2割は高齢で麻酔がかけられないなど、自分の意思で選んでいるのではなく、事情があって手術ができない場合がほとんどです。
まずは多くの初期がんで放射線治療が手術と同じように治療効果があることを知っていただきたい。それに、今後増えるであろう手術ができないような高齢者でも放射線治療なら受けることができます。
もし「がんである」と診断され手術を勧められたらセカンドオピニオンを使って放射線治療について聞きに行くべきです。それで嫌な顔をするような病院や医師であれば受診するのを止めたほうがよいと私は思います。
「緩和ケア」の必要性
がん治療においてはとかく5年生存率=治癒率ばかりが重要視されてきました。がんは確かに最初の治療が重要で、手術か放射線で完全にがんを切り取るか消滅させておかないと完治する可能性が少ない病気です。転移があったり再発した場合はほとんど完治は難しいのですが、そのとき患者さんは痛みに耐えて亡くなっていくしか選ぶ道がありませんでした。現在5年生存率は約50%弱でしょう。つまり最初の治療が成功した50%の人はがん患者の勝ち組、再発や転移した50%の人は負け組の扱いだったのです。
そして、とくに今まで目を向けられて来なかった負け組50%の人が必要としているのが「緩和ケア」と言われるものです。緩和ケアは「治癒を目的とした治療に反応しなくなった患者さんに対する、積極的で全人的な医療、ケア」と定義されます。病気を根本から治すことも大切ですが、苦しい症状を軽減することも一方で重要な医療の役割です。どうもそこが日本の医療では抜け落ちてきました。
転移で肝臓がんが見つかった患者さんが抗がん剤の治療を受けていて、結局は副作用で白血球が減り、感染症で亡くなりました。解剖をしたときに担当医が患者さんの奥さんに「よかったですね。抗がん剤は効いていました。肝臓のがんは消えています」と言うのを聞いたことがあります。がんは消えても治療で患者さんは亡くなっている。いいわけがない。かなり極端な例ではありますが、がんの治療に対しては徹底的に行っても痛みやそれに伴う副作用に関しては目が向いていないことを顕著に現わしている経験でした。
放射線治療は緩和ケアでも非常に効果をあげます。
放射線は、末期がん患者に気休めで使うと思われているようなところがありますが、それはまったくの誤解。末期がんで首の骨に転移したがんが神経を圧迫して手も足も動かない患者さんがいました。首のがんを放射線治療で小さくしたところ、手足がちゃんと動かせるようになり、亡くなる3カ月間普通の生活を送ることができました。最期の3カ月間でどういう生活を送れるかなどには、これまで目を向けられてきませんでしたが、あまりにも大切なことです。完治しないから治療が必要ないわけがない。どんなときも治療は必要なのです。
モルヒネにしても日本は先進国の中で最低レベルの使用量です。中毒などの悪いイメージが根強くあるためですが、実際にはがんの痛みを和らげるのにモルヒネは有効な治療です。別の言い方をすると日本のがん患者は先進国中トップクラスで、激しい痛みに耐えているということです。実際にはモルヒネなどを適切に使って痛みのない患者さんのほうが長生きする傾向があります。
がんを知り、正面から向き合う
告知も随分変わってきました。10年前には、東大病院でも告知率は2割程度でしたが、今は、若い医師が平気で、「3カ月です」などと言います。
正確な余命なんて医師にも分からないので、本当は余命告知そのものをすべきでないと思うのですが、それは置いておいて、たとえば余命が1年と分かったとしましょう。5年前なら「1年」と告知するのが一般的でした。でも3年前には「半年」と言うようになり、今年からは「3カ月」と言うようになっています。だんだん短く言うようになっているのは事実です。
余命を短く言って長く生きたら「名医」と思ってもらえるけれど、万一言っただけの余命がなかったら訴えられるかもしれないからです。
患者さんが医師を信じなくなっていて、医師の側も自衛するようになっている。医師と患者さんが同じ土俵で殴りあっているのです。医師が患者さんや家族の苦悩を替わって引き受けるエリートでなくなっていることと、患者さん側に「不死幻想」、つまり本当なら死なないはずの私なのに、医師がきちんとしてくれないから死んでしまうという錯覚があること、この2つが背景と思います。
ただ、ようやく(米国に遅れること35年)昨年6月に成立した「がん対策基本法」では、放射線治療、緩和ケア、がん登録が柱となっています。まずは、がんを知り、これに正面から向き合うことが必要です。これは、人生と命を見つめることと同じです。私は、がんで死にたいと思っています。
(平成19年5月26日、第15回神戸シンポジウム抄録より。)
参考
中川恵一・養老孟司『自分を生ききる』(小学館)
日本放射線腫瘍学会ホームページ(JASTRO)







